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ブッダというひとは風変わりなひとで、「自分がいま吹いていて頬をなでている風と本質的に変わらない存在である」ということに耐えられなかった。
享楽を捨て、愛情を捨て、富貴を捨て、幸福そのものを捨てて、彼はそれによって旅に出た。

彼の哲学者としての偉大さは、神などいないと一点のくもりもなく確信できたことにあったが、その一方で(矛盾したことには)宗教者として、神は天上から見下ろす父などではなく、一杯のミルク粥を差し出す娼婦のなかにこそ存在することを知ってもいた。

わしが知っているかぎり、ブッダは「神などいない」ということと「言語で考える人間にとっては神が存在せざるをえない」というふたつのことのあいだに矛盾がないことを知っていた初めての人類です。

「分解された光」のような幸福について | ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日 (via ginzuna)
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